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新潟地方裁判所長岡支部 昭和39年(ヨ)98号 決定

債権者 東京電力株式会社

右代表者代表取締役 木川田一隆

右訴訟代理人弁護士 橋本武人

右訴訟復代理人弁護士 石川常昌

右訴訟代理人弁護士 福田貞男

債務者 石橋一男

右訴訟代理人弁護士 坂東克彦

主文

本件仮処分申請を却下する。

申請費用は債権者の負担とする。

理由

第一、申請の趣旨および理由

一、申請の趣旨

別紙物件目録記載の建物部分(以下単に二〇五号室ともいう。)に対する債務者の占有を解き、債権者が委任した新潟地方裁判所所属執行吏にその保管を命ずる。

執行吏は債権者および債権者の従業員で債権者が指定する者に対して、その現状を変更しないことを条件に右物件の使用を許さなければならない。

債権者が右物件を使用する者の指定を変更しようとするときは予め執行吏の許可を受けなければならない。

執行吏は右命令の趣旨を適当な方法で公示しなければならない。

との裁判を求める。

二、申請の理由

(一)  債権者はその電力供給業務のために設置した信濃川電力所の厚生施設として新潟県小千谷市大字千谷川字島田に別紙目録記載の建物(以下越路寮、または単に寮ともいう。)を所有し、債権者従業員の利用に供している。

(二)  債務者は昭和二六年五月一日から債権者に雇用されて信濃川発電所に在籍し、昭和三六年六月一日から現在に至るまで越路寮二〇五号室の利用を認められ、無償でこれを使用して来たものである。(なお、債権者は昭和三七年五月二一日、債務者を懲戒解雇したが、その効力は新潟地方裁判決所長岡支部昭和三七年(ワ)第三〇八号、昭和三八年(ワ)第六六号事件をもつて係争中である。)

(三)  ところが、債務者は昭和三九年六月一六日午前四時半頃、寮賄人である申請外三浦ミイがひとり就寝中の寮一階玄関脇六帖間に下着姿のまま無断で立入つた。同人が恐怖して債務者を室外に押し出し内鍵をかけたので事なきを得たが、債務者の右行為は明らかに寮の秩序をみだし寮生活者の平穏を害するものである。

(四)  1、ところで、債権者はその管理する寮、社宅等の厚生施設の利用関係を律するために本店で厚生住宅規定を定めているほか、信濃川電力所でも信濃川電力所寮管理内規を定めている。

2、そして寮、社宅等の利用関係は債権者と居住者との間の使用貸借類似の契約関係であつて、居住者は右規定および内規を遵守すべく、これに違反する行為があつたときには直ちにこれを明渡さなければならないものである。

(五)  前示(三)記載の債務者の行為は前示内規第二五条に該当するものであるので、債権者はその直後債務者に対して、即時二〇五号室を明渡して寮から退去するように要求した。

(六)  債権者は既に債務者に対して二〇五号室の明渡を請求中である(前示(二)記載の事件)ところ、前示(三)記載の事実をも請求の原因として追加する予定であるが、これが本案判決まで債務者の在寮を許すときには回復しがたい結果を生ずるおそれがある。

即ち、前示三浦ミイはもちろんのこと寮に居住している他の三名の賄人も債務者の行為によつて甚だしく畏怖しており、その勤務にも支障を来たすおそれがある、のみならず寮居住者の平穏にも害を及ぼすものである。

第二、当裁判所の判断

一、基礎的な事実関係

疏甲第一ないし第三号証によれば、申請の理由(一)および(四)1の事実を一応認めることができる。

また、畑江信吾および債務者本人各審訊の結果ならびに疏乙第七号証によれば、申請の理由(二)の事実も、無償使用の点を除き一応認めることができる。債務者の懲戒解雇をめぐつて、現に訴訟係属中であることは当裁判所に顕著である。

つぎに≪証拠省略≫を総合すると、申請の理由(三)に記載の日時頃債務者が申請外三浦ミイの居室として使用し且つ当時就寝中であつた寮階下玄関脇の休養室に下着姿で立ち至つたこと、同室は戸障子をもつて通路である廊下と仕切られているところ、債務者はこの障子を引き開けたこと、右障子には施錠の設備があるがこの当時には施錠してなかつたこと、障子を開く音で目覚めた右三浦が起床して債務者を押し返すようにして障子を閉め、債務者は右室内に立入らなかつたこと、以上の事実を一応認めることができる。右認定を左右し得るに足りる疏明はない。

そして、畑江に対する審訊の結果によれば、債権者の使用人である信濃川電力所長は昭和三九年六月二三日右の事実があつたことを根拠として債務者を退寮させることを決定し、同日同じく使用人である同電力所労務課長畑江信吾が債務者に対して、その退寮を求める旨を告知したことを一応認めることができる。

なお、≪証拠省略≫によると、債務者は昭和二六年債権者会社に入社の当時から組合活動に従事して電産関東地方本部常任執行委員、東京電力労働組合信濃川分会執行委員、同労組新潟支部副執行委員長等を歴任し、昭和三七年五月組合活動における就業規則違反等を理由に懲戒解雇されるまで活溌な活動家であつたこと、右解雇にもとづく二〇五号室明渡訴訟が雇傭契約存続確認訴訟とともに当裁判所に係属している(右の事実は当裁判所に顕著である。)ところ、債権者会社従業員中に債務者を支持する組織および運動が存在して債権者と相対立していることを一応認めることができる。

二、越路寮の利用関係

そこで進んで越路寮二〇五号室の利用に関する債権者と債務者との関係がどのようなものであるかについて考えてみるのに、前示の諸事実によれば寮はいわゆる社宅であるが、一般に社宅利用関係は社宅提供者と利用者との間に存在する雇傭関係に基礎を置きこれに附従するものであつて、その性格も雇傭関係の態様によつて制約を受けることが通常であると考えられる。但し賃料支払の約定があつてこれが社宅の利用と対価関係に立つ場合には雇傭関係によつて影響を受けることがないか又は少く、一般にこれを賃貸借であるということができる。社宅の利用について何等の反対給付の約定もない場合、使用料等の支払の約束があるが利用の対価とはいい得ない場合をふくめて、これらの場合には形式的には利用に対する対価の存在しない無償の給付契約であつて使用貸借であるかのようであるが、実質的にはこの場合の社宅の利用は雇傭関係における労働力提供の対価の一部としてこれと対価関係にあるので、この面から貸主および借主の権利・義務に変容と制約を生じ、右の社宅利用関係は使用貸借に類するが賃貸借的な効果をも生ずることのある一種独特の無名契約となるものと考えられる。ところで、疏甲第二、三号証に債務者本人審訊の結果をあわせると、債権者はその管理する住宅についてこれを利用する者から使用料を徴収するほか水道、ガス料金等の諸経費も負担させる建前をとつているところ本件寮においても右諸経費のほかに一室当り月額四〇〇円ないし五〇〇円の使用料を徴収していることを一応認めることができる(但し疏甲第三号証中「寮経費」(第二八条)とあるのが前示の諸経費を指すかいわゆる使用料を指すかは必ずしも明らかでない。)が、現今の住宅事情や家賃金額の実情等に照してみると使用料月額四〇〇円ないし五〇〇円というのは寮室利用の代償としては些か低廉なのであつて、これを寮室の賃料として寮室利用と対価関係に立つと考えるのは相当でなく、むしろ通常の必要費(民法第五九五条参照)に類するものと認められるから、本件の寮室利用は賃貸借でなく、使用貸借類似の使用契約にもとづくものといわなければならない。

そうであれば、その契約の終了時期は、期間の定めのない限り目的に従つた使用・収益の終つた時(同法五九七条二項参照)であると解するのが相当であるから、社宅として雇傭関係に附従する性格上、雇傭関係の終了、労働力提供の場所の変更、または職種の変更等の事由が発生しない限り社宅の使用目的に従つた使用を終つたものとはいえず、従つて社宅使用契約も終了しないし、一方的に終了させることもできないといわなければならない。

そして債務者は債権者によつて解雇されたが係争中であることは前示のとおりであるから、その雇傭関係は従前のとおり継続しているものと一応判断すべき道理であり、債権者と債務者との間の社宅利用契約は未だ終了の時期に至つていないといわなければならない。

三、解除原因の存否

前示のような社宅利用契約関係にあつても、当事者間に予め一定の事由の発生によつてその契約を解除することができる旨を合意することは可能であるし、また、契約の基礎となる信頼関係を一方当事者が破壊した場合(たとえば債務不履行に類する労務不提供)や解約申入の正当事由が存在するときなどにも契約を解除することができると解すべきである。

疏甲第二、三号証によれば債権者は厚生住宅規程および信濃川電力所寮管理内規中に社宅退去を命ずる事由を掲げているが、畑江および債務者本人審訊の結果によれば右規程および内規はいずれも債務者の入寮後その合意を経ないで作成したものであるから、債務者の前示行動がその退去事由のいずれかに該当するとしても債務者に対して寮室利用契約の約定解除事由の発生を主張することはできないし、また右規程等は右の事由をもつて一方的に契約を解除し得る効力も有してはいない。

それでは次に債務者の前示行動は寮室の利用契約を継続しがたい何等かの事由にあたるであろうか。

債務者が早朝就寝中の女性の部屋に立ち至つたことは穏当を欠くうらみがあつたことは否めないが、その動機がどのようなものであつたにせよその行動の態様が前示認定の程度に止まり、前示三浦の阻止を排除しようとした形跡もなく室内に侵入した事実もなかつた以上、未だこれを以つて債権者との間の信頼関係を破壊したものとも、その他契約の解除を相当とするものとも認めがたい。却つて前示認定の債務者の労働組合歴、過去の活動状況および債権者との間の対立関係の現状に照すと、債権者は自己にとつて有害な人物と目している債務者を越路寮内から排除することを図り、殆んど専らその目的実現のために債務者の前示の行為をとらえて本件仮処分申請をなしたものと考えないわけにはいかない。

第三、結論

以上に述べた次第であつて、債権者と債務者との間の寮室二〇五号室利用契約関係は債務者の前示行為が存在することをもつて解除し得るものではないから、債権者において退寮を命じたところでその効力がなく、寮明渡請求権は発生しない。従つて、仮処分の必要性に立ち至るまでもなく、被保全権利が存在しないことをもつて本件仮処分申請を却下し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 宮本康昭)

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